喜連瓜破が読めそうで読めない!谷町線でよく耳にする駅名の由来は

読むのが難しい大阪の地名や駅名の中で、
特に名前が長くややこしいのが谷町線。

さらにその谷町線の中でも1,2を争う難読駅が
喜連瓜破」です。

普通に読めば
きれんうりは!
みたいな必殺技っぽい読み方になりますが、

初見で正しい読み方は不可能といわれているほど、

特に「破」はそんな読み方しないだろ
と言われる駅名の喜連瓜破。

一体何と読むのでしょうか。
そしてその由来は何なのでしょうか?

さっそく見ていきたいと思います。


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喜連瓜破の読み方は?谷町線で通勤する人には有名?

喜連瓜破の読み方は
きれうりわり」です。

「連」と「破」がひっかけですね!

「連」はまだいいとして
「破」を「わり」と読むのは納得がいかない!
なんで「割」じゃないの?

と初めて見たときは思ったものです。

朝早めの時間に通勤する人はみんな知ってる?

実はこの駅名。
この地域に住んでいる人だけでなく

谷町線で南方面に出勤する人達には
よく知られている駅名なんです。

というのも、
谷町線の南方面はほとんどが最終駅の
八尾南行なんですが、

一日100本以上出ている下りの電車の中で
朝6時台と7時台に4本だけ

喜連瓜破行という電車が走っているからです。

ちょうど朝の通勤ラッシュとかぶる時間帯なので、
谷町線で通勤される方はよく耳にしているようです。

喜連瓜破の名前の由来は?

普通に読めば必殺技のようにも聞こえるし、
正しい読みを聞いてもなんだか
四文字熟語のように見えてしまう喜連瓜破ですが

その名前の由来は何なのでしょうか。

まず、この駅の所在地から見てみると
喜連瓜破駅は大阪市平野区の
長居公園通という大きい道路の地下に作られており、

道路を挟んで北側が喜連地区
南側が瓜破地区となっています。

始めは喜連駅になる予定だったそうですが、
南側の瓜破地区に配慮して
喜連瓜破という駅名になったようですね。

たまたま両方が難読地名であったものが
二つ合わさることによって
難読度がさらに倍!になった駅が

この喜連瓜破です。

駅名としての由来はわかりましたが
そこでさらに気になるのが

喜連と瓜破
それぞれの名前の由来ではないでしょうか?

それではひとつづつ見ていくことにしましょう。


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喜連と瓜破それぞれの名前の由来は?

瓜破は読み方こそ分かりづらいですが
名前の由来についてはなんとなく予想できそうですね。

まずは喜連から由来を見ていきましょう。

喜連の名前の由来

喜連という名前はもともと「くれ」という読みが変化したものだそうです。

この「くれ」は「伎人」と書き、
古くは「伎人郷(くれのごう)」と呼ばれていました。

しかし、「くれ」自体ももともとは「くり」が変化したものだそうで、
その「くり」は「句麗」と書くようです。

ここまで来ると歴史好きな方はピンとくるかもしれませんね。

そもそもの語源は古代朝鮮半島の一国
「高句麗(こうくり)」からきているとのことです。

高句麗からの渡来人が住み着いた土地というのが
この地域の由来でした。

先日紹介した「百済」が語源の「杭全」と同じような経緯ですね。

【関連記事】
杭全の読み方は”くいぜん”やないで!大阪の難読地名の由来とは

ちなみに古代朝鮮三国の残りの一つ
「神羅」が由来となった大阪の地名
調べた限りでは見つかりませんでした。

瓜破の名前の由来

瓜破の地名の由来ですが、こちらはお察しの通り
瓜が割れた」ことが語源となっています。

ただ瓜が割れただけで地名になったわけではなく
時代は大化の改新があった645年ごろ、

日本で初めて禅の修行をしたと伝えられる
道昭法師(どうしょうほうし)が修業をしていた時
突然仏像が落ちてきたそうです。

道昭法師がその仏像を安置し
持っていた瓜を供えたところ

瓜が真っ二つに割れたということが
この地区の地名になったとのことでした。

瓜が割れることにどういった意味があるのかも気になりましたが

この意味については残念ながら調べてもわからなかったので
引き続き調査したいと思います。


二つの歴史を持つ地名が合わさって一つの駅名となった喜連瓜破

今でも歴史を感じる建造物がたくさん現存する
谷町線ならではの由来でしたね。

こうした地名は大阪にまだたくさん存在するので
他にもいろいろと紹介していきたいと思います。

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